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5月22日(日)

10:00~ 川西市立緑台小学校での説明会
    
グリーンハイツ地域の小学校統廃合に係って、地域説明会3回目。
   
地域からのニュースでは、この日の会合で、実施時期など市教委案が、しっかり示されていくと聞いておりました。

これまでは、
1、グリーンハイツ地域では、経整30年度に緑台小学校は廃校予定としている。
2、つまりは、陽明小学校に統合していく予定である。(決定ではないがその方向で進む取り組みをしていく。)
3、それはこの学校で、一学年1学級しかない単学級となるので、複数学級となれる様に、同じコミュニティでもあるので。つまりは、出来ることなら、多数の子どもの生活を創り出していきたい。
4、その方向を持って動いてはいるが、皆さんに説明をして意見を頂き、理解を得たい。
  
というものでした。その説明会の中で、この日に確定をしていこうと、考えてこられたと地域から伺い、参加していきました。

  
少し遅れて入場して入った体育館は、罵声・大声でのやり取りでした。何が起こったのかわからず聞き入っておりました。
  
・教育委員会のホームページの件・・・・これが誤解を招いている記事だとして、変更・削除をすると回答していました。
    
明らかにされたことは、統廃合について

①教育委員会が求めた校区審議会とその答申では、統廃合もありとしてきていた。
②受けた教育委員会も、その方向を挙げて、地域説明会などに臨んだ。ホームページにも掲載した。
③しかし統廃合の最終決定は、教育委員会ではなく、市にある。
④市としての確定は、まだである。
    
市民にとっては、教育委員会の決定=市決定と受け止めていく。
あいまいな掲載である。と指摘。
  
・答申で使われた住民数について・・・・近年戸建て住宅が、グリーンハイツにも建築されている。子ども数は増えているとおもえる。平成26年度の数字であるが近年の調査で、一旦見直していくべきではないか。
   
・・・・教育委員会でもそのことを受けて、方針を変えてはいないが、実態を見直すための資料を作成をしていきたい。その為に、今日確定していくことは避けたい。との方向を示されました。
  
・・・・…さて戸建て住宅がたっている→子ども数は増えているであろう→単学級にはならないだろう。→ならば統廃合を中止しては?という動きにもなるように思えるが、そこまで今の段階で示してはいない。ただただ立ちどまるのみ。資料を示すのみだと。

    
・・・・市として、人口増が見込まれ、子どもの数が増えているというのは明らかにいい状態。願っている状態である。ここにきて学校なくすとなると地域も閉鎖的になっていくだろうと想像していく。

  
・統合になると予測して、新一年生で5%枠と特別枠を使って、陽明小学校に入学している児童の存在。
  
・・・・この特別枠で決めていくとは???いったいどこでだれが決定をしていったのか?5%枠でとは考えられる話であるが。大きな問題だと受け止めました。
  
・・・当時その話が出ていると伺った時、教育委員会に話をするために、伺いました。
  
「統廃合は避けたい課題ではあるが、していかざるを得ない、していく方が子どもに取っていいと決断したとしても、しっかり同じ地域で学んで、一緒に遠い学校に行こうとなぜ方向をつけないのか。歴史ある学校を閉校とするにあたって、その過程を共に歩もうとなぜ進めないのか。」と、問うた時、「それぞれの家族理由もある、5%枠で校区外の小学校に行くというのであれば、それは制度の中の問題である。」と言われてきました。しかし特別枠で行けるようにしたというのです。
  
そこを自由にとらえていけるような格好になっていること自体が、おかしいと感じました。
   
さまざまな課題が噴出。

14時から始まると予定していた陽明小での説明会は、14:50開始。

終了は17:00を過ぎていました。

明らかに言葉の取りようは、さまざまです。
大きな机もない体育館での議論は、声も所詮大きくなります。
もっともっとこの場合には環境も考えた場の設定をしていくべきでしょうし、議員としても声を上げているものの、その声を吸い上げてはいない部分に引っ掛かりを持ちました。

あわただしい中で、気持ちもざわついている中で、また公にしていったことを、自らに課した「ノルマ」と考えていかれているのではないのかとさえ思えます。意見を聞く耳を持ってほしいこと、意見を言う人には、その
マナーも持ち合わせてほしいこと。いろいろなことを感じながらの丸一日でした。結果として振り回されている、関わった者です。

なんだったのでしょう、これからどうしていくのでしょう。広い考えを聞き取り、まとめていく作業が必要です。

今、踏ん張り時です。体調整えて、再出発です。川西の教育をもっともっと子ども本位のものにしていくために。

力合わせをしていきましょう、前に進めていくために。
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by tsudahibi | 2016-05-27 12:35

5月21日(土)

12:00~ 予定していた会派での、市議会活動報告会
   
初めて会派での報告会。3人の会派で、それぞれに報告会は実施してきたけれど合同では、初めて。3人それぞれの得意分野もあり、分けての説明をしていくことについては、広がりの持てる回答にもなり力合わせの会派としていいものです。ですが場所には一考していくことが大事かと。大和から、緑台から、清和台から、・・・お越しいただくにはアクセスの良くない場所であったのかと反省。丁度昼間の気温が上がっていた日でもあり、空調がまだ十分ではない状態の時期でもあり、汗しながらの2時間半でした。まだしも冷たいお茶があったことが…。
    
終えて、これから川西市議会の議員皆で、始めていこうとしている「報告会」をどうしていけばいいのかの一例となりました。参考にしていきながら繋ぎたいです。
    
暑い中おいで下さいました方々、ありがとうございました。

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by tsudahibi | 2016-05-27 12:29

5月20日(金)

11:30~14:30 西宮市立甲武中学校まで、中学校給食での自校方式で行っている視察を行いました。
   
池田市の中学校給食はデリバリーで、猪名川町の中学校給食はセンター方式で西宮市では自校方式で、行っています。
   
近隣3か所の視察に伺えました。
  
西宮市議の岩下彰議員にお世話になり、各市の事務局で調整をしてくださいました。先ずは学校現場に出向き、現場のその様子をつぶさに見れたことは、課題に対しての説明ができる状況を頂けました。本当に有難い一日となりました。
 
中学校の給食については、忙しすぎる現場(教員も生徒も)で、今を感じていると、中学校給食をしていくことの弊害の方が、先に口をついてくる、勤務の適正化の課題を掲げながら、何ができるのかという視点で考えてきています。

4校時終了は12:40
    
給食開始は12:55
 
その間の生徒の動きは、 終了後すぐに、机・いすの班への移動をしておく。
『当番』は、エプロンにきかえて配膳室に向かい、教室まで運び上げる。教室で配膳をしていく。もちろん担任・支援担当含めて、一緒に準備。
『当番以外』は、15分の休憩時間と受け止めて、図書室に行ったり、水着の販売の場に行ったり、廊下で待っている姿も。
  
この学校は、いわゆるベルのチャイムではなく、音楽が流れる。始まりの音楽と終わりのそれとは違っている。遅れて席についていない生徒の居るクラスは、食べれない。立ち会ったクラスでは、2人がそろっていない。待ってという声に、しばし待っていると、二人は水着の販売から戻ってきていた。落ち着いた学習環境が、この状況をなせることなのであろう。荒れた時のはこうは行かないかと。

  
配膳室では、持っていったクラスとまだのクラスが一目瞭然。アレルギーの生徒分は、クラスと名前が表記されていて、当番が持っていくことに。
  
小学校ではひとりづつの手渡しであったが、中学校ではこういったことも可能になっている。

   
私たちも一緒に頂きました。保護者負担は297円です。
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甲山を望む校舎から
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落下防止用フェンスの設置
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後付けでしょうが、こうやって即動ける実態が何より。 

西宮市で、初めて設置されたというエレベーター
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アレルギー除去食。学年組み名前入り。当番が取っていく。
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by tsudahibi | 2016-05-27 11:52

◆更新しました◆

 日記を更新しました。






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by tsudahibi | 2016-05-17 12:06

5月16日(月)


 
久々の議員協議会。建設文教公企常任委員協議会でした。
 
二つの案件

1、小中学校及び幼稚園など空調設備におけるPFI導入可能性調査の結果について
      
2、東谷中学校区における幼保連携型認定こども園の基本設計について
 
でした。
 

約2時間づつ意見が出されていきましたが、どちらの案件も、まだ決められてはいない内容を含んでいるために、随分派生的な点での議論が交わされていきました。

1については、グリーンハイツ地域と清和台地域で2校が統合されて、1校の小学校は廃校になっていくという内容が出ておりますが、まだ今の時点で決定にはなっていない点。

  
つまり流動的なのに、きょう提出の資料には、すでにその計画の廃校の学校名はない状態。それについての意見も出されて、元来のPFI部分の視点では、大きな疑義もなく、一斉に各校にエアコンが平成30年度夏から、運転可能になっていく様子に、ほっと安堵。また川西養護学校の廊下・トイレ・体育館については、以前から言われてきました。体温調節のできにくい子らへ、配慮された学校設備について。そこにもエアコン導入計画が建てられていきました。すごい計画が上がってきているんです。教職員の願いが成就していきます。それも29年度完成です。早くに計画立案していただいた事には感謝です。


またもう一つの案件では、緑保育所の子らが認定こども園に移った後、残る緑保育所は、待機児童問題に絡んで、まだ残しておいて保育所として活用できればいいという意見が再び浮上し、議論に。まだまだ決まってはいない部分について、そこここに意見が出ていき、長い時間を経過していきました。条例改正になっていくのでしょうが、その時期が大きく課題となっていきます。

現場の職員の方々が、何度も集まって、これからの公立の認定こども園の在り方を実施していくに当たり、意見交換している最中、せっかくの会合で決められていったことに対して、十分な誇りを持っていただけるような会合であってほしいし、意見をいうだけにおわっていないように願うばかりです。

 15:00~会派でのミーティング
   5月21日14時から行う「市議会活動報告会」の打ち合わせ。

 
16:40~飛行場周辺整備調査特別委員会の委員にあてた、担当からの説明
  ≪大阪国際空港周辺の騒音値(W値)の推移について≫
   
同空港を運営する関西エアポートKKから、同社のホームページに航空機騒音の測定を定期的に公表する方針が示されたことから、市担当は、議会にその報告をし、理解を求めた上で行っていただきたいとの申しいれをされたとか。そのことで一人一人に説明をして回られ、理解を求められ、その結果、同社のホームページに掲載していただくようにと連絡を取られていくとのこと。おそらく明日には見ることができるよう。確認していきたい。ご苦労様です。川西市は10市協の中で唯一、活性化のみではなくそれだけではなく、騒音対策を加味し、それを無視した形にはしないでという方向を、常に口を挟んで、繋がってきている市協中の市です。
   
担当の方が、会議に出て、「そうですか わかりました。」というだけではなく、「持ち帰り説明を果たしていきたい。その後に会社としての動きを取っていただきたい。」と述べられたとのこと。有難いワンクッションでした。一日二日急ぐことではなく、丁寧に動けることが信頼につながる。

 
結構な雨。土砂降りでした。
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by tsudahibi | 2016-05-17 12:05

5月15日(日)

日ざしが、きついと感じる候になりました。しっかり自宅にて、整理整頓。終活を意識して過ごす時でした。
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by tsudahibi | 2016-05-17 12:02

5月14日(土)

10:30~ 桜が丘小学校の土曜参観授業。パパ、ママが欠席することから、ばあばとして参観してきました。いいものです、変わりない学校の授業風景。学びが必ずありますね。自分のこととして…。

 
11:45~集合、書記局にして、分乗して三木市へ。いつもながらでっかい三木市の文化会館です。中の部屋はまたまた迷路。来賓控室にしばし入って話込み。方角わからず…。水岡俊一さん・那谷屋正義さん、お二人の参議院議員候補者に係っての大集会。教育現場からの候補者として、応援の団結です。本岡昭次元参議院議員副議長も出席。
    
気分新たに心こめ、身を引き締めて、訴えていくことを誓いました。
  
この時閉会のあいさつに立った、高等学校教職員組合委員長の詞、閉会ではない、閉じるのではない。
憲法問題に触れて、もう一度読み返してよと。憲法第97・98・99条の意味を。

そういわれて私も再度読み返します。気高く、全世界の民に誇れる文章、まだまだここに行きつけていない世界各国の民にわれらがこれを進んで進めていく文章であると。気を引き締める日が続きます。
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by tsudahibi | 2016-05-17 12:02

5月13日(金)

我が母の月命日。母もよく話しこめていた、あの多田中のもーりーが、11日に亡くなった話を母にした。私が自宅にいない時には、母とよく会話をしにきて、初物を届けてくれていた。彼がつくったお米を、今年から購入して、届けてくれていた。おいしい「作品」だったんです。栗の『ぎんよせ』、門松に使うササ、その時期には必ず地域の方々共に新聞紙上に。季節感を味わって過ごせていました。ありがとう、亡き夫も、彼の多田中学時代の陸上記録を知っており、箱根駅伝に出場時には、家族で応援に行きたいねぇと言っていた、その夫も今はない。中学校時代の彼の黙々と走る姿は、思い出してもいいものだから余計に、つらい。あまりに若い死だ。
   
通夜では、陸上部顧問の野崎先生。そして3の3のメンバーと陸上部員。地域の消防団で活躍していたことからも消防団員も多い。皇太子ご出席の会で、彼の創った「ぎんよせ」の栗を材料にしてスープを作られて共に食したとか。たくさんの表彰状と共に、夫妻で取り組んでいた農業についての新聞記事が大きく掲げられていました。これからの川西の農業を支えていける人材でもあったのです。悲しい。
   
でも当時の同級生がこんなメールを送ってくれていました。宣言と受け止めました。
   
Iくん・・・僕が過ごす明日は、もーりーが生きたかった明日になりました。一日一日を無駄にせず頑張ります!先生、いつもありがとう。
   
Fさん…近々また会いましょう。集まった人の多さ、モーリーすごいね。      
「うちらの明日は、もーりーが生きたかった明日やから、大事にしっかり生きよう。」とソンチに言われて、胸を打たれました。

手帳に書いて、私も、モーリーにも母親にも、恥ずかしくないように毎日生きて行くぞ。
  
まさしく亡くなったひとが教えてくれていること。確かめました。生きていてこそです!!
 
まさに地域でそだった彼ら。モーリーのご両親にこれまでしてもらったこと、思い出の数々を思い出して話しかけていました。合掌

喪服のままに、コミュニティ役員会の場に臨みました。もう終わりかけてはいましたが、気遣っていただきました。お世話になりました。
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by tsudahibi | 2016-05-17 12:01

5月12日(木)

恒例のナイチンゲール像の下に集まる戴帽式を終えた看護師さん。議長は公務で花屋敷1丁目のその地に、お越しでした。議長公務、多々あります。
 
   
コミュ二ティの総会を前にして事務局の立場で共に。早くも2回目の総会を5月27日に迎える。 

  
明日の通夜を前にして心痛む日でした。
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by tsudahibi | 2016-05-17 11:58

5月11日(水)

朝のJR川西池田駅での市政報告会は雨の為に中止。次回の水曜日もJR川西池田駅頭でとなります。
 
10:00~ 議員協議会 「市民憲章の見直し」について
   
昭和33年に作られた市民憲章。あるのもご存知でしたか?あったにもかかららず、こうまで時代錯誤の部分もあるにもかかわらず、気にもかけては来なかった、また市制60周年時にも話にもならなかった、(その渦中で出てきたものであった)そんな憲章を見直していく。そのスタンスは何なのか?これまであっても明らかないい扱いもされては来なかったものを、今後作り直してどう生かしていこうとされているのか。そこがあいまいなまま審議会を動かすような方向になってきている実際。あくまでも市民の幸せ憲章と謳いたいらしく、キーワードの選定に関して議員意見をというものでした。目標としたいと。市民にとって、健康でありたいと思っていても体が弱くて病気になり、つらい日々を過ごしている方々もおありだ。市民の目標として市が掲げる目標に、「健康である」というのがそぐわない感がして仕方がない。

5つに大別されたキーワードでした。子育ての視点を加味していくというスタイルは結構なことであるが、地域で見守りながらの子育て論だけではなく子どもの育ちを保証していってこそ自立可能な子どもに向かって育て上げていくことの重要度を考えて、キーワードに盛り込むべきであるという意見を述べました。理解して頂けたのか?けっこう不安。

 
14:00~16:00 部長と話すことに。
   
たくさんな課題をどう解決していけるのか。4月人事での変更になり、新たな担当者が挑み、取り組んでいくことになる。

  
訃報が届く。多田中の卒業生でした。享年43歳。この7月で44歳のお誕生日でした。おもえば我が夫とおなじ年齢。(享年44歳でした。)
  
あとに残された妻、同じような事後をこれから生きてゆくことになろう。大切な時間を二人して創りあげてきていたから、思いで一杯の今までを振り返りながら過ごしてほしい。今私にできること、残された妻に寄り添うこと、彼女の感情を優先して動けること、ご両親様との時間を大事に。残されたご両親の心中はいかに。当時母もよくいっていました、「信男さんと変われるものなら変わりたい。」と。

  
市立川西病院でも説明・対応していただき、まさしく地元に戻っていたねと。
   
もう一回飲みたかったなあ。彼は一度も自分のことを言わなかった。きっとつらく苦しい胸の内があったことかと今は推測できる。寿命を感じ考えているというような気配はなく淡々として過ごしていた。夜ご両親からのことばは其れを物語っている。「倉庫には大仕掛けな機械が購入してある。あんな機械、残してもらっても使えない。またシイタケの原木がいっぱい買いこんである。これからそれをしようとしていたのだ。」若手農業従事者として、これからの川西の農業をしょって立つ勢いを持っていたと。黒川との連携や若宮地域のことも勢いよく動けていた彼だった。3年3組一同の供花の話がまぶしい。
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by tsudahibi | 2016-05-17 11:58