1月13日(木)
2011年 01月 15日
朝から東久代運動公園での防災訓練の実践が行われるので、出席の予定をしてきましたが、吉田議員のお母上がおなくなりになったということで、もともと予定であった昨夜の計画変更ができないので、本葬に出席させて頂こうと思い、急きょ、訓練の場には欠席としました。申し訳ありません。ですが、この日は是非と思っていたのは、我が母親と同じ年齢。人は、生を閉じるとき、これまでのすべてのものを見せるものだといいますが、同じ時代を生きてきた母親として親近感がありました。
いつも思ってきました。人生を全うして閉じていかれる時には、知り合いであればすべての方のもとに参列したいものだと。生きている今を感じさせてくださるものがあるのです。今日もそうでした。『息子が命としてきたという母』そうだったのですね。
いつも思ってきました。人生を全うして閉じていかれる時には、知り合いであればすべての方のもとに参列したいものだと。生きている今を感じさせてくださるものがあるのです。今日もそうでした。『息子が命としてきたという母』そうだったのですね。
by tsudahibi
| 2011-01-15 19:58